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解決済みの質問

女子の体育着

古い話ですが、昔はブルマーだったのが性的嗜好の対象にされたりして問題があったために男女ともズボンタイプに変わったと聞きました。今考えてみれば、昔の「提灯ブルマー」なら性的嗜好の対象にされることも無かったはずなのに、なぜあんなぴったりとした形状に変わったのでしょうか。提灯ブルマーの頃には女子が羞恥心を憶えることも無かったろうと思いますが。

投稿日時 - 2017-02-19 05:58:27

QNo.9295545

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

戦前、戦後は提灯ブルマだったようですね。
ぴったりニットに変わったのは東京オリンピックの東洋の魔女の影響が大きいと思います。
当時は性的に見られなかったのか、はたまた意識が低かったのか
90年前後に、世の中の変化で短パンに変わりました。そのころ短パンがゆったりタイプになっていたのもよかったと思います。
何せ60~70年代は短パンもぴったりでしたから。

投稿日時 - 2017-02-20 13:34:55

ANo.7

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回答(7)

ANo.6

運動機能性を優先するため形状や素材、縫製技術の向上や進化で見た目がスマートなズボンタイプ(パンツタイプ)になったのではないでしょうか。

投稿日時 - 2017-02-20 12:52:25

お礼

それだけなら男子の体育着も当てはまってもいいはずですけどね。考えるだけで気持ち悪いけど。

投稿日時 - 2017-02-21 02:12:16

No.3の補足。

東洋の魔女について,ちょっと気になったので画像を調べてみました。
http://www.jiji.com/jc/d4?p=kas069-jlp15160080&d=d4_aa
たとえば上記の画像で彼女らのユニフォームをみると,パンツ型でたぶんジャージ素材のようですが,いくらか「だぶついて」います。最初は質問文にある「ぴったり」ではなかったと思います。

学校では,
戦争中の真性の「提灯ブルマ」
(昔からある英語のbloomers この形状を指す)
 ↓
ややふくらんだ形状で丈が短い,綿素材のブルマ
たぶん色は黒のみ
 ↓
東洋の魔女ふうの,ややだぶついたジャージのパンツ型ブルマ
とくに学童は,成長を見込んでやや大きめサイズを買ったか?
色は濃紺のみだったか?
 ↓
ぴったりしたジャージのパンツ型ブルマ(アタックNo.1のタイプ)。
成長してもジャージは伸びるので,次第にぴったりになるのか?
「ぴったりのほうがスポーツ選手みたいでかっこいい」という反面,
「体の線がでて恥ずかしい」というのは,この時期か?
各色が製造され,学年やチームごとに変えたりできる。

みたいな変遷をしてきたんじゃないでしょうか。同時代の女性からの回答を望む。

投稿日時 - 2017-02-19 14:30:38

ANo.4

「どんな服装か?」は 関係ないと思いますよ・・

たまたま 教育委員会の幹部クラスに 昔のブルマが卑猥に感じた人が居て その人の発言能力が高かった為に変わったのだと思います・・

俺らは そのブルマ時代が学性だったが そんなイヤらしい目で女子を見た事が無いし 大人になっても興味無かった・・かと言って 普通の性的欲求はあるので 女性に対しての興味は ふんだんに あるしね・・

現在の女子生徒のスポーツ着だって その様なフェチの人が居れば 性的対象になるだけだし・・

昔からいわれてるのが「ナース服」でしょ・・?

あれにしても 昔からイヤらしいと言われてるのに 一向に変わらない・・

そういう目で 見るか見ないかだけだから・・

投稿日時 - 2017-02-19 14:26:26

ぼくは服飾史や体育教育の専門家じゃありませんが,その「時代」は児童生徒として経験していますので。

>なぜあんなぴったりとした形状に変わったのでしょうか。

契機は,1964年の「東京オリンピック」ではないかと思います。日本女子バレーボールチームは「東洋の魔女」と呼ばれ,強豪ソビエトを破って金メダルをとりました。日本じゅうがテレビにかじりついて熱狂したものです。そのとき,「へええ。プロスポーツ選手はパンツを着けてるんだ」と,多くの人が珍しく思ったはずです。

これを学校のバレーボール部員が見習い,「かっこいい」というので,ふつうの女子児童・生徒にも広まったように覚えます。しばらくは体育授業で新旧が混在していました。TVアニメの「アタックNo.1」やTVドラマの「サインはV!」なども,大きな影響がありました。鮎原こずえほどの脚線美は,めったにいませんでしたけどね 笑。

ただし,太平洋戦争ころの「女子生徒の軍事教練」などの写真を見ると,だぶだぶの提灯型で丈も長く膝上くらいまであります。本来は,これを「提灯ブルマ」というのでしょう。

上記した東京オリンピックのころには,体育ブルマもすでに細身になって体に沿う形になっており,丈も短くなっていたと記憶します。素材はジャージではなく綿だったろうと思います。だから,ジャージ素材のパンツ型への移行は,それほど抵抗感はなかったのではないかと思います。そういえば,新旧交代のころには,「ジャージ素材のブルマ」を略して「ジャーブル」という表示で購買部で売っていたような記憶もあります。

投稿日時 - 2017-02-19 12:38:20

補足

私が小学校に入学したころ(1972年)、提灯ブルマーが普通でした。そうでなくなったのは3年ころで、妹が「あんなの履きたくない」と言っていたのを憶えています。当時女子がスカートの下に履いていたパンツと同じような形状だったからです。

投稿日時 - 2017-02-19 15:49:18

ANo.2

ぴったりしたもののほうが運動に適してると思われたからでしょうね。

投稿日時 - 2017-02-19 12:30:34

ANo.1

時代が違うだけで「提灯ブルマーフェチ」が出てこないとも限りませんから
なんともいえませんがね。

投稿日時 - 2017-02-19 06:11:29